ランドセルは、いつもひきずられてボロボロだった。
教室では、椅子にくくられていた。
くくられたまま、ピョンピョン跳ねていた。

「発達障害だったんだよね。今になって思えば」
と笑って母に言うと、

「発達障害だなんて。だってあなた、
二年生になったら、縛らなくても座っていられるようになったじゃない」
と母。

「それならば、同じに育てているのにあんただけ、
と言われ続けていたのはどうしてだろう」
「わたしが死ねばみんなが喜ぶと思っていたのはなぜだろう」
「今も病院でクスリをもらっているんだよ」

母は、責められたと感じたのだろうか。

「わたしは悪くない」
「あんたはもっとひどいことをこのわたしに言った」
と。

「そう。ごめんなさい」
という言葉が聞こえたような気がしたが、その次の瞬間、
その言葉をかき消すかのように
「でも!」
と、機関銃のように言葉が続いた。

だってわたしは・・・
わたしだって・・・
あんたこそ・・・
と。

自分の気持ちを処理しきれずに、パニックだったのだろう。

「わたしもあんたの病院に一緒に行きます!」
と。

「誰も悪くない。責めているわけではないよ。
誰もそういう子をどう育てたらいいか、教えてくれる人はいなかったのだから。
学校の担任ですら、どうすることもできずに、椅子にしばっていたのだから」

そう伝えてもなお、母の興奮は鎮まらなかった。

妹は、
「ふたりが元気なうちに、昔のことは悪かったと、あやまってもらった方がいい」
と言うが、ふたりの、小さな、小さなキャパシティでは、望む方が無理なのだ。

「こうだったんだよ」
と伝えようとする娘に対して、一瞬でも、耳を傾けたろうか。
幼かった娘の「心」に、思いを馳せられたろうか。

「わたし」のことを一緒に考えてくれるわけではないのに、病院に来てどうしようというのだろう。

正しいとか間違っているとか、いいとか悪いとか、そんなことは本当にどうでもいい。
どうでもいいのに。

「悲しかったね、つらかったね」
と、それだけでいいのに。

いちをいうとひゃく、返ってくるんだ。
いちが、母には届かないんだ。

それでも、何かとっかかりがつかめたような気がする。
母はそのあと、「考えた」と思うから。